盆迎えの登山前に水垢離をとる精進場
どんな伝承か
行幸田には水垢離をとる精進場があちこちにあった。明治から大正の初めごろまで、盆が近づくと七日から十三日まで毎日そこで身を清め、迎え盆の前夜には松明をかざし竹ぼらを吹き鳴らして水沢山へ登った。そのころ水沢の宿は近郷からの登山者であふれ、おとなしい人は茶屋で茶も飲めなかったという。精進場は峻嶺庵の登り口の大清水、行幸田鉱泉の巴川、甲波宿禰神社の南の湧水池などで、冬は神社の手洗鉢の氷を割って垢離をとった。八月十三日の夕方に登る者はもっかの池で身を清め、夜を待って先達の行者に率いられ、六根清浄を唱えながら山へ向かった。
原典より
各所に精進場があり、明治・大正の初めごろまでは、お盆が近づくと七日から十三日まで、毎日ここで水垢離をとって身を清め、迎え盆の前夜は松明を持ち、竹ぼらを吹きながら水沢山へ登った。—— 渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ)
『渋川市誌 民俗編』は、渋川市の市誌民俗編のうち、第六章「民俗信仰」の第一節から第五節の初めまでを収めたものである。人魂・幽霊・ロクロッ首・生まれかわり・死神などの霊魂の話、手をつけてはいけない聖地や耕すと祟る忌地、オサキ使いや狐つき、神かくし、若宮八幡などのたたり、イチッコと呼ばれる巫女や祈禱師、東向き鳥居参りなどの祈願を、市内の大字ごとの聞き書きで記す。はじめにで章全体を解説し、続く節では話に見出しと採集地の大字を添える。