恵比寿の庭に現れた出征兵
どんな伝承か
昭和十三年、支那事変で日本が勝ち続けていたころの夜八時ごろ。渋谷区恵比寿の家で、母親が庭の暗がりに石川昌明の姿を認めた。昌明はこの家に引き取られて育ち、母は実の息子のように可愛がっていたが、そのころは出征していた。腹をすかせているだろうと母は台所へ立ち、握り飯を結び茶を淹れて座卓へ運んだが、振り返ると姿はない。池のそばに確かに立っていたのに、と母は青ざめて言った。戦死の公報が届いたのはその後で、死ぬときに家へ寄ったのだと母は語った。数えで七歳だった語り手は、母が昌明と言葉を交わす様子をその目で見ている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・昭和)
松谷みよ子『現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話』を小話単位で全699話収録。死の知らせ・予兆、あの世(地獄・極楽)へ行った話、死者からのサイン、生まれかわりなど、生死とあの世にまつわる現代の民話を全国から採集し地域・話者つきで収録する。各話に採集地(都道府県・市区町村)と話者・回答者を可能な範囲で付す(県判明606話・市区町村判明489話、戦地や場所不明の話を含む)。原典は読者からの投稿・採訪に基づく現代民話の集成。