遺族の抗議
どんな伝承か
昭和二十九年十月四日、洞爺丸沈没の直後に「新潟日報」夕刊の随想欄で、作家の木村毅がタイタニック号遭難にふれ、「醜名を世界にさらしたのは例によって日本官吏である」と書いた。これを読んだ細野正文の次男・細野日出男は、名指しされたのが父であるとして長文の抗議を同紙に寄せた。父は新潟県中頸城郡保倉村の出身で、遭難当時は鉄道院副参事。救助船カルパシア号上でタイタニック号備えつけの便箋に約四千字の遭難日記を書き、そこには「日本人の恥にならぬよう」、自分の乗ったボートは「助かった最後の最後だった」と記されていると訴えた。
原典より
「貴紙(新潟日報)一〇月四日付夕閑帖の『タイタニック』号を読んで、まことに驚きました。—— 海の奇談(庄司浅水・海洋・怪異・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
海の奇談(庄司浅水・海洋・怪異・昭和)