小野氏幼児、毒薬ヲ飲テ即死ノ話
どんな伝承か
錦見魚町の四つ辻の南角の家に小野義介が住み、明治二十年頃に店を開いていた。明治三十余年の頃、店の柱の側に壜に薬を入れて置いてあった。何かの毒薬であった由で、置いた所に置くのを忘れたものらしい。この家の三四歳になる幼児が店に出て遊んでいて、人のいない時にこの壜があるのを見つけ、美味い物であろうと思ったのか、取って口に当てて飲んだ。飲むや否やその座に倒れ、手足を動かして大いに苦しんだ。家人が気づき、毒薬を飲んだと驚いて消毒の薬を飲ませたが、間もなく死んだという。親たちの愁傷は思いやるべしと記す。
原典より
錦見魚町四ツ辻南角ノ家二小野義介 居り。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。