都野氏幼児焼死ノ話
どんな伝承か
士族の都野周祐は錦見材木町の上に住宅があり、酒店を営んで茶事を好んだ。明治のある日、周祐は子の成輔の二三歳になる男児を守りをして座敷で遊ばせていた。孫は舞を舞うといって、そこにあった風呂敷を取って引き被り、喜んでしきりに舞い廻った。座敷には火鉢があり、鉄鐺に湯が熱く沸いていたが、風呂敷が垂れて目を覆い見えなかったため、孫はたちまち火鉢に行き当たって鉄瓶を覆し、熱湯を総身に浴びた。大火傷でただちに医を招いて治療にかかったが癒す術なく、程なくして遂に死んだ。子供の遊びで目を隠して迷わすことは常にあるが、幼い児には親が注意せねばならぬと戒めている。
原典より
都野周祐士族、錦見材木町/上二住宅アリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。