助けた少女の手を引いて歩いた分身
どんな伝承か
大正五、六年ごろ、中学生だった著者は毎年夏を葉山堀内の別荘で過ごしていた。ある日、森戸神社裏の千貫松で飛び込みをしていると、沖の名島のあたりで船が転覆し、子ども二人が溺れかけていた。著者は友人と泳ぎつき、女の子を浜まで引きずって助けた。人だかりの中から巡査が手帳を出して住所と名前を尋ねたが、著者は名乗るのが恥ずかしくて走って帰った。その夜集まった友人たちは、昼の二時ごろ、ずぶ濡れの著者が茶と黒の水着に桃色の帽子の女の子の手を引き、醤油蔵や郵便局の前を急いでいたと言う。助けたあの子だと気づき、著者は自分でない自分が歩いていたと背筋を凍らせた。
原典より
「ぼくは、君がその女の子の手をひいて、郵便局のまえを、さっさといそいで歩いていったのを見たよ」—— お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年))
『お化けについてのマジメな話』は、平野威馬雄が昭和四十九年に著した幽霊とお化けをめぐる随筆である。自ら主宰する「お化けを守る会」に寄せられた体験談や、大阪の毎日放送のラジオ番組で聴取者が電話で語った話を軸に、前世や霊媒・降霊実験など海外の心霊研究、井上円了の妖怪論、古い記録に見える犬神などの憑きものを取りあげる。体験談から死後の世界、お化けを呼ぶ方法、昔のお化けへと進む八章立てで、巻末にあとがきを置く。