椿湖干拓の新村に付けた名の由来
どんな伝承か
椿の海を干し上げて新しい村々ができたとき、その名はそれぞれの元の村にちなんで付けられたと『東荘志』は記す。上代の下の村は、上代が古くは神代と書かれ、神代の長さが数万年に及ぶことから萬歳とされた。栗野の下は栗の豊作を祝って八重穂、小南の下は夏に小南風が吹くことにかけて夏目と名づけられた。このほか松ヶ谷の下を幾世、岩井の下を清滝、蛇園の下を蛇の形から長尾とするなど、海上・匝瑳・香取の三郡にまたがる新村が、それぞれ縁起のよい意味を込めた名を得たという。
原典より
栗野の下を八重穂と名付けたるは、栗の満作を祝して付けたる名なり。—— 東庄町史 下巻(東庄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東庄町史 下巻(東庄町)
『東庄町史 下巻』は、下総の香取郡東庄にあたる千葉県東庄町の町史下巻のうち、「民話・伝説」の項である。須賀山の地名伝説、高部と羽計の狐の祝言、城山の大蛇、花香稲荷縁起、黒部川と児塚の由来、干潟十八ヶ村の名付け、姥捨ての定命窪など十五の項を収め、小南の七不思議や東庄七井の一覧も含む。半数あまりの項に伝承地の区名を添え、『かぎろひ』記念特集号や『県民の森の歌』、「上代郷明細記」「東荘志」、旧家文書などの出典を記す。