火柱が立ち祟りをなす中里の七ツ塚
どんな伝承か
中峠中里に七ッ塚があった。星野家の裏の塚の一つには氏神の稲荷が祀られ、ときおり火柱が立ったという。星野家の伝えでは、中里を開発した七軒の氏神を祀った塚で、度重なる火災に家を移そうとしたところ、この氏神と井戸を手厚く祀れば決して没落させない、とのお告げがあったという。かつて村人がこの塚を発掘したときには、祟りで疫病が流行したと伝える。また中峠には十三塚もあり、芝原村を開発した十三軒の旧跡だという。
原典より
かつて村人がこの塚を発掘したところ、祟で疫病が流行したという。—— 我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)
『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、市史の口承文芸の部分の抜き書きで、伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。多くの話の後に、柳田國男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付し、末尾に本稿のまとめを置く。