牡丹長者と長寿娘
どんな伝承か
筑後の山門郡山川村竹井に牡丹長者の屋敷跡がある。近郷に並ぶもののない富貴と権力の持ち主で、満願寺を建立した。この長者の侍婢に長寿娘と呼ばれる者があった。その先祖は唐人の竹本翁で、僧行基に随ってこの地に渡来し、本吉に居を構えて唐へは帰らなかった。長寿娘は竹本翁の娘で、容姿は端麗、出でて牡丹長者に仕えたが、あるとき肥後の桑原長者から贈られた稀有の螺貝の延命肉を食べて数百年の寿を保った。長寿ゆえに一人の夫に二、三十年から六、七十年仕え、都合二十余人の夫を持ったと伝えられる。一説には長寿娘は長者の乳母で、森で見つかった大きな法螺貝の料理のうち、乳母の食べた部分だけが不老不死の霊肉だったともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・大正(大正12年・1923年))
大正12年刊、及川儀右衛門が筑紫野(筑前・筑後・肥前・豊前・豊後・肥後の北部九州)で2年間に故老や下宿の婆さん、教え子から聞き集め文献に照らしてまとめた民譚集。序と全六章(一河童・二怪火・三長者・四神事及び歌舞・五山の神秘水の伝奇・六怪異)から成る。