權五郎井戶
どんな伝承か
権五郎井戸は布佐の鎌倉坂の附近にあり、ここには時々片目の蛇が出現するという。昔、鎌倉権五郎が奥州征伐の帰途にこの地で目を洗おうとしたが井の水がなかったので、臣に命じて掘らせ、その水で目を洗った。それより権五郎井戸と呼ぶようになったと伝わる。以来この井戸の辺りには片目の蛇が現れるのだという。牽強付会のようではあるが、常陸国稲敷郡乙子川のおつと橋でも同じく権五郎が目を洗ったといい、それからその辺りの蛙は今も片目のものばかりが生まれるという話がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。