弁財天の行者が残した二股竹
どんな伝承か
新木には二股竹が生えており、大正四年の三月ごろに芽を出したと伝えられる。昔、二股の竹を杖にした弁財天の行者がこの地を訪れ、村人に手厚くもてなされた。喜んだ行者は、めでたいしるしとして三十三年ごとにこの二股竹を生やそうと約束し、そのまま姿を消した。言葉どおりに竹が生えてきたので、村人はそれを弁財天の境内へ移して植えた。竹の生える一帯は、竹之内という字名で呼ばれるようになったという。
原典より
村人の歓待を喜んだ行者は、吉兆のしるしとして、三十三年毎にこの二股竹を生やそうと誓って消えた。—— 我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)
『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、市史の口承文芸の部分の抜き書きで、伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。多くの話の後に、柳田國男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付し、末尾に本稿のまとめを置く。