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稲田姫の入水と担い塚の水神宮

所在地千葉県我孫子市中峠仙現峠(担い塚)
年代寛永二年(伝承)
登場河村出羽守、稲田姫、芝原城主、入水した出羽守の夫人
出典我孫子市史 民俗・文化財篇

どんな伝承か

中峠の仙現峠、手賀沼のほとりに、東西に二百メートルほど離れて並ぶ二つの丘があり、担い塚と呼ばれていた。西の丘には、芝原城主の河村出羽守が手賀城主と盟約を結んで警鐘を据え、対岸の布瀬明神に設けられた手賀城方の見張り台と合図を交わしていた。手賀城が攻められた折、出羽守の夫人稲田姫は兵を率いて沼を渡ろうとしたが、暴風に舟が覆って水に沈んだ。寛永二年、芝原城主の遺臣川村某がこの丘に水神宮を祀り、姫と兵たちの霊を慰めたという。

原典より

手賀城が攻められたとき、出羽守夫人稲田姫は、兵を率いて沼を渡ろうとしたが、暴風のため船が転覆し入水した。—— 我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)

『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、市史の口承文芸の部分の抜き書きで、伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。多くの話の後に、柳田國男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付し、末尾に本稿のまとめを置く。

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