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粕壁の最勝院

所在地埼玉県春日部市粕壁(最勝院)
登場鷲尾諦仁、鷲尾諦如、春日部重行、放火後の再建を成した住職、三十七代住職(案内者)、南朝の忠臣、境内に墓がある人物
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

埼玉県春日部市の粕壁にある最勝院は、慈恩寺から分離して開かれたと伝わる古刹で、南朝の忠臣・春日部治部少輔重行の墓所としても知られる。徳川将軍家からも寺領の朱印を受けるなど隆盛を極めたが、明治三十二年、頽勢を挽回しきれぬまま放火に遭い、伽藍の大半を焼失した。この受難を乗り越え、堂宇を再建して今日に法灯を伝えたのは、時の住職・鷲尾諦仁の功であったという。

原典より

一説には、人皇五十代、桓武天皇の延暦二十三年(皇紀一四六四年)八月に遣唐使に従つて唐へ渡り、次帝平城天皇の大同元年(皇紀一四六六年)十月に歸朝して我國に眞言宗を弘めた僧空海(弘法大師)の草創とも云い、又一説には、その空海…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))

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