石見から移住した相川の海士町
どんな伝承か
相川の町の南端に海士町があり、町並が四十間、家敷は二十戸足らずである。天明初年の『佐渡事略』には、海士町は農業なし、男女とも鮑を採るとあり、外海府北端の願村ですら九十余石であったのに、この村の草高はわずか九斗五升であった。元はやはり漁民として移住して来たものらしく、当初は相川より少し南のドロという小さな浜に住み、姫津が相川の津になった後、保護を与えて移したものらしい。石見が本国ということで、全村ことごとく石見氏である。漁業に関して他村の持たない特権を持っていたのは、多分その歴史を語るものである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第2巻』を全331話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。