景清の墓
どんな伝承か
上総悪七兵衛景清は主君の仇を報じようと思い、頼朝が東大寺の供養に詣でた折、姿をやつして窺ったが、畠山重忠に見咎められて捕らえられた。その後、牢を破って落ち延び、なお頼朝を狙って再び搦め捕られた。頼朝はその忠志を憐れんで命を助けたので、景清はその恩に感じ、眼のあるうちは仇を報じる心が起こる、眼を失ってその念を絶とうと言って両眼を抉り、髪を剃って日向の勾当と号したという。当社に祭る神は、すなわち景清の両眼であると伝える。或る説には、当社は健保三年乙亥九月の鎮座であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。