政子を逃れて忠久を産んだ丹後の局
どんな伝承か
丹後の局が頼朝の子を身ごもると、正妻の政子が激しく妬んだ。局は身の危険を感じて鎌倉を逃れ、西国へ向かう道中、大阪の住吉神社で産気づいて忠久を産んだという。のちに局は忠久を連れ、八文字民部大輔広言のもとへ嫁いだ。忠久が薩摩・大隅・日向三州の守護に任じられて下向すると、母の丹後の局と養父の惟宗広言を迎え、広言を市来院の地頭に据え、局には満家院の厚地村と東俣村を与えたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。