腹赤の贄
どんな伝承か
供御の池は大字腹赤の元徳溜池の一隅にあり、今は小さな溜りとなって泥と落葉に埋もれているが、昔は五反歩に余る大池で清水が湧き出ていたという。景行天皇が西巡から帰る途次、豊の国よりまずこの魚を奉貢せよとの御沙汰があった。炎暑の候で遠路の奉献はおぼつかないと奏上したが、天皇は強いて献上せよと勅した。津頬の長である井上真名が困っていると、老翁が現れ、この前の池は清水が湧き氷のように冷たい、これに魚を浸せば一七日は生きた魚のようだと教えた。その通りにして献じると豊の国に至るまで生きた魚のようであったので、天皇は大いに嘉賞し、魚の腹が赤いことから腹赤と名づけた。これよりこの池を供御の池という。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。