堤の人柱
どんな伝承か
高江は洪水と旱魃に苦しむ土地であった。延宝七年、島津公は工事奉行小野仙右衛門に命じて堤防を築かせたが、激流のため八年を経ても完成しない。ある夜、仙右衛門は権現の夢告を受け、横継ぎ入りの着物を着た女を人柱に立て、岸からその場所へ縄を張れと告げられる。翌朝、横継ぎ入りの着物を着ていたのは一人娘の袈裟であった。嵐の日、川中の岩島に袈裟の亡骸が引っかかる。長崎の岸から投げた縄はその岩に止まり、蛇のようにうねって越路川まで流れ、所々で折れ曲りながら対岸に達した。以後工事は進み、長さ三百六十間、広さ六間余の大堤防が出来上った。堤防の屈曲は縄の流れた跡だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。