奈良王様
どんな伝承か
早川町の奈良田は、平家の落武者が住みついた所とも、孝謙天皇の住まわれた地ともいい伝えられている。天皇はこの土地を皇居とされたことから、平城京と同じ「奈良だ」、すなわち奈良田と名づけたといわれる。あるとき天皇が病気になられ、奈良田からの使者と都の奈良からの使者が、ちょうど飯富の地点で出会った。両者が互いに「私がおう」、つまり引き受けると言い合ったことから飯富の地名が生まれたという。またいう、天皇が奈良田で崩御された時、使者が飯富まで下ると諸国の貢物が届いており、崩御を伝えたので民衆が貢物を奪い合い、にわかに富貴となった。そこから飯富の地名が生まれたともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。