才蔵嶺に葬られた可児才蔵の墓
どんな伝承か
『芸藩通志』は、可児才蔵の墓が矢賀村にあり、その場所を土地の人が才蔵嶺と呼ぶと記す。碑の面には、かにさいそう、藤原吉長、生国は尾州葉栗郡楽典郷、慶長十八年十一月廿四日と刻まれ、才蔵の娘の恒子が書いたものだという。才蔵ははじめ佐々成政に属し、のち福島氏に仕えてこの国で没した。遺言によってこの嶺に葬られたのは、死してなお敵を防ぐという心からで、この嶺が藩府の東の要路に当たるためだとする。子孫の加児某によれば、この地はもと才蔵の山荘のうちで、元禄年間に加児竜軒が建てた石灯籠があるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。