惟喬親王
どんな伝承か
昔、オタツと呼ぶ上臈が、鉄造とも黄金造ともいうウツロウ船に乗って神島の海辺に漂着した。何かの罪で追手を逃れる身であり、どの島でも安住の地を与えられなかったという。島ではいまも「七とこさられてハァとこせ」と口にするが、それは上臈の漂流経路を歌ったものだといわれる。上臈は庄屋の家の二階にかくまわれたが、追跡者が島へ来て探し歩くうち、山の小径から二階の窓を見た。姿は見えなかったが、座敷に置かれた合せ鏡に、隅へ身を潜めた上臈の姿がありありと映っていた。追跡者はすぐさま上臈を捕えて殺してしまった。守本尊の不動明王の一軸は現存し、海の荒れた日に繰り拡げると波が静まるといい、波切不動と呼ばれる。
原典より
天安二年清和天皇が即位されると、惟喬親王はその追対を避け、随身の臣下と共に江州からお池岳龍華越をへて山口に来られ、しばらく御逗留になったが、都からの追跡が急であるので、従臣八百八十人を山口に残し、た、近侍の家来少々召しつ…—— 日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。