鬼三郎から王仁三郎への改名
どんな伝承か
上田喜三郎が神示によって鬼三郎と改名することになったのは、明治三十三年のことであった。これは、神が現代社会の悪の見本として『乱れた世のやりかた』を彼に演じさせ、人々にそれを見て改心させるため、彼を悪の代表・象徴として示そうとしたためだと言われる。しかし当人とすれば、いかに神の仰せでも『鬼』はあまりにひどいというので、みずからオニを『王仁』と読ませることにして王仁三郎と名乗った。ゆえに彼の場合、『王仁』はワニではなく、オニと読むのが正しいということになる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。