五十文の受取り
どんな伝承か
小竹の権右衛門という家に信心深い後家がいた。貧しい中から一文二文と銭を貯め、五十文になった頃、本山参りをする在所の人に託して京都の本山の賽銭箱に入れてもらった。後日、在所の瑞泉寺の院主が来て、本山から五十文の受取りが届いたと渡していった。婆は喜んで麦の炒粉を差し上げた。ところが翌日礼に行くと、住職はそんな受取りをもらった覚えも家へ行った覚えもないという。受取りを本山へ送って調べさせると、金は受け取っていないが筆跡は親鸞上人のものに間違いないとの返事で、受取りは送り返された。小竹の人々は婆の徳を讃えて権右衛門講を結んだという。
原典より
小竹の権右衛門という家に、信心深い、後家さまがおったと。—— 鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗))
『鹿島町史 通史・民俗編』所収の伝説。石川県鹿島町(能登・現中能登町、石動山麓と邑知地溝帯)に伝わる自然・信仰・歴史伝説を採録する。