徳前の阿弥陀流し(改宗)
どんな伝承か
七百年ほど前、日蓮上人の孫弟子の日像上人が、佐渡から七尾への便船で石動山大宮坊の座主満蔵法印と法論を戦わせ、法印は負けてその場で日蓮宗に改宗した。二人は石動山の衆徒三千人を改宗させようと登ったが歯が立たず、山を逃げ出して徳前まで来たところで山伏に追いつかれた。北太郎・加賀太郎という二人の百姓が鍬や鎌で渡り合い、殺されてしまった。日像らはその間に西馬場から眉丈山を越えて落ちのびた。徳前の家に隠れた折、日像が病人の平癒を祈るとたちまち治り、一家は改宗して仏壇の阿弥陀を前の川へ流した。その阿弥陀は二宮川の一の湯の湯場に引っかかり、徳前の寺に預けられたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗))
『鹿島町史 通史・民俗編』所収の伝説。石川県鹿島町(能登・現中能登町、石動山麓と邑知地溝帯)に伝わる自然・信仰・歴史伝説を採録する。