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テノヒラ療法で疫痢の子を死なせた実話

所在地埼玉県さいたま市浦和区
年代昭和24年頃
登場竹田、浦和の洋服屋・子を亡くした父(体験者)
出典日本の俗信 2――俗信と迷信

どんな伝承か

浦和で洋服屋を営む竹田さんは、千円の講習料を払ってテノヒラ療法を習った。祝詞を唱えて手のひらを痛むところにかざすと電気が出て病が治るという触れ込みの療法である。五歳の三男が疫痢で高い熱を出したので試したが効かず、師匠を呼んでも駄目だった。注射をすると血を吐いて死ぬと教えられていたため、医者の注射を断り、子どもは手遅れで亡くなった。師匠の本には熱が出ても冷やすな、下痢を止めるな、肺病はうつらないなどと書かれていた。目が覚めた竹田さんは悔しさから新聞社に手記を寄せ、迷信の撲滅を訴えた。

原典より

「注射をすれば血をはいて死ぬ」と教えられていたので、医者の手にすがって注射を止めさせたのが原因である。—— 日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))

『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。

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