大穴持神と蝮の東国分村
どんな伝承か
鹿児島県東国分村の県社に祀られる大穴持神が村を巡っていたとき、牛が出てきて突きかかろうとした。驚いた神が道ばたの麻畑へ逃げ込むと、そこには蝮がいて、神の足に噛みついた。それからは神がこれらを嫌うとして、村では牛を飼わず、麻は茂らず、蝮も棲まないという。森秀男が中山太郎の日本民俗学辞典から引いた、牛を忌む村の例である。
原典より
鹿児島県東国分村の県社大穴持神が巡幸の折に、牛が出て突こうとしたので驚き路の傍の麻畠に逃げた所が、そこに蝮がいて神の足をかんだ。—— 日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))
『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。