生田橋の人柱
どんな伝承か
米野と岩倉市大山寺のあいだで五条川に架かる生田橋には、人柱の伝説がある。数百年前、幼川はたびたびあふれてムラを苦しめていた。堤を直して橋を架けることになったとき、おそのという娘の父が、人柱を埋めれば流されない丈夫な橋になると言い出した。だが引き受ける者はなく、結局言い出した本人が人柱にされた。おそのは、父の頭の上を渡って嫁ぐことなどできないと嘆き、決まっていた対岸のムラの人との縁談を断った。のちにおそのは橋の近くに寺を建て、尼になって父の冥福を祈り続けたというが、橋のたもとに寺があったという言い伝えは残っていない。
原典より
そこで、だれが人柱になるかということになったが、だれもなり手がなかったので、ついにいい出した本人がならなければならなくなった。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町の町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節をムラごとの十八項に分けて並べ、最後の項の五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。