下山する別当を引き止めた狼
どんな伝承か
三峰の社もかつては衰えた時期があった。元禄のころ、人々は浮ついて信心を怠り、参詣者が絶えて山の暮らしが立たなくなった。当時の別当日光は、ついに山を下りて食べていこうと決め、下り始めた。すると前後左右を数えきれないほどの御犬族が埋め尽くした。別当が這うようにして下ろうとすると、後ろの狼は裾や袂をくわえて引き止め、前の狼は立ちふさがって一歩も通さない。やむなく社務所に戻り、山で死ぬ覚悟でいたところ、三、四日して甲州口から二十人余りの参詣人が訪れ、奉納した三分の金で社は息を吹き返した。御犬族には先のことが分かっていたのだと、接待の男は語った。
原典より
振向くと、御犬族が、裾や袂をくはえて引止めるのです。—— 民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。