三峰奥の院へ夜半の供餅運び
どんな伝承か
三峰の奥の院は本社から一里半ほど、昼でも暗い木陰を行く寂しい道の先にあり、狼の王城ともいうべき所である。四月の祭りの前夜、くじで選ばれた神官と剛力の二人は七日間精進潔斎し、夜中の十二時を合図に、二尺もある大供餅を一つずつ背負い、松明を手に奥の院へ向かう。火を消されたり転んだりすれば命はないと、二人は手を取り合うようにして黙々と山道を進む。奥の院で餅を供えた神官は、上下どちらかを狐などの難に苦しむ信者のために残してほしいと祝詞を奏し、後ろを見ずに逃げるように帰る。この供餅の粉は狐憑きを落とす力があるとされた。
原典より
松明の照すところ、そこに木あり草あり路あり岩あるを知るが、それ以外の漆黒の闇は、みな総て狼の群れとしか思はれない。—— 民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。