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カンキョ様(人柱)

所在地群馬県邑楽郡明和町須賀(宥泉寺)
登場慶讃、人柱に立った法印・落合家の先祖
出典明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集)

どんな伝承か

須賀の落合家の先祖は慶讃という法印で、諸国を修行して歩いた末にこの地に入り、宥泉寺と天満宮の神主を兼ねていたという。屋敷の中には今も先祖の土地が一坪ある。大水害のあと利根川の土手を築き直すことになると、慶讃はあげ船に乗り込んで工事の先頭に立ち、ついには人柱となって命を落とした。宝暦五年の出来事と伝えるが、確かではない。地元の人々はその恩に報いようと今も祭りを続け、陰暦八月三日の命日にちなんで四月三日と九月三日に、宥泉寺の墓地入口にある五輪塔の前に集まる。当番が世話をし、大太鼓一つと小太鼓二つを打って真言を唱え、子供らには赤飯がふるまわれた。この法印がカンキョ様である。

原典より

大きな水害があって、利根川の土手を作る時に、あげ船に乗って陣頭指揮をして、人柱に立って死んだ。—— 明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集)

『明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集)』は、群馬県明和村で昭和五十六年度に行った民俗調査の報告書である。口頭伝承の章は、板倉町・千代田村の先行する報告と比べて伝承の減りを述べる上野勇の「はじめに」で始まり、昔話・伝説・謎・諺・命名の五項に分けて記す。ミョウガの由来、又太郎屋敷の祟り、人柱の法印を祭るカンキョ様、利根川のカッパ、なぞなぞ、多数の諺、屋号を、斗合田・須賀・江口などの地区の名を添えて並べ、大晦日の行事の記事も入る。

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