又太郎屋敷の祟り
どんな伝承か
永仁年間、堀之内と呼ばれる所に大輪又太郎という殿様が住んでいたと伝わる。その住まいの跡は城を思わせる構えの屋敷跡として残り、又太郎屋敷と呼ばれてきた。又太郎は大佐貫の殿様に仕える身だったともいう。のちにこの跡地に建てられた家で祟りが起こると噂されたため、先達を招いて泊まり込みで祈ってもらった。その折にあたりの土を掘り返してみたが、何ひとつ出てこなかったという。
原典より
後にできた家に祟りがあるというので、先達が来て泊り込んで拝んだ時、そこらを掘り返したが、何も出なかった。—— 明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集)
『明和村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第24集)』は、群馬県明和村で昭和五十六年度に行った民俗調査の報告書である。口頭伝承の章は、板倉町・千代田村の先行する報告と比べて伝承の減りを述べる上野勇の「はじめに」で始まり、昔話・伝説・謎・諺・命名の五項に分けて記す。ミョウガの由来、又太郎屋敷の祟り、人柱の法印を祭るカンキョ様、利根川のカッパ、なぞなぞ、多数の諺、屋号を、斗合田・須賀・江口などの地区の名を添えて並べ、大晦日の行事の記事も入る。