橋の上の女
どんな伝承か
兼家の東三条殿に仕えていた紀遠助が、長い宿直を終えて生国の美濃へ帰る途中、午近く瀬田の唐橋にさしかかると、橋の上に大柄な朝顔を染め出した着物の若い美女が立って挨拶した。遠助は絹に包んだ小函を託され、美濃の唐の郷、段の橋の袂で待つ女房に渡すよう、中を見てはならぬと言い含められる。馬の口取りには女の姿が見えず、怪しいから函を川へ捨てよと勧めたが遠助は聞かなかった。帰宅後、妻が土産と疑って蓋を開けると、中には抉り出された人間の眼玉と斬り取られた男のものが入っていた。遠助は素知らぬ顔で函を段の橋の女房に渡したが、中を見たことを気取られ、帰るなり病づいて死んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・昭和)
早川純夫『日本の妖怪』。神話時代から江戸まで、日本の妖怪と妖異を歴史の流れに沿って描く。