遠刈田の木地屋の山神講と山の凶日
どんな伝承か
橘文策が遠刈田の木地屋の暮らしを報じたところによれば、この地の山神講はもと旧二月と旧十月の二十五日の年二回で、明治の中ごろに一度絶え、いまは旧十月十五日の一回だけになっている。宿は輪番で受け持ち、大山祇命の掛軸を掲げ、神酒と強飯を用意する。酒一升、餅米一斗、小豆一升に白砂糖などを添えて餅を搗き、膳を整えて全戸の戸主が宿に集まり祭を営む。また毎月八日は山の凶日とされ、なかでも二月八日と十二月八日は山神が立木を数える日だとして、山へ入ることを固く禁じていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎ほか・日本民俗学大系・昭和(民俗学))
『日本民俗学大系 第8巻 信仰と民俗』。原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎らによる十論考からなる日本民間信仰の総合的研究。原田敏明「総説」は信仰と民俗、宗教の起原(スペンサーらの学説・アニミズム)、村の信仰と都会の宗教、シャマニズムを論じる。池上廣正「霊と神の種類とあらわれ方」は神の種類(名社大社の祭る神・雑神)、神のあらわれ方、霊の種類(人霊・自然霊)・霊威、農と神・田植えの儀礼を扱う。