土台に埋められた古下駄の悲鳴
どんな伝承か
いま自由ヶ丘公園となっている一帯は、明治の初めごろには鬱蒼とした杉林だった。土地の人がここに寺子屋を建てた際、砂利にまじって二つに割れた古下駄が、そのまま土台の下へ入れられたという。建物ができあがると、夜ごとカランコロンと下駄の鳴る音がし、割れた背に重石が食い込むと訴えるような低い悲鳴が聞こえた。毎晩続くので掘り返したところ、その古下駄が出てきたので取り除いてやったという。のちに権現の宮を建てるため付近の杉を伐ったとき、幹から五寸釘が多数見つかり、丑の刻詣りの呪いの釘だろうと人々は噂した。
原典より
自由ヶ丘公園のあたりは明治初年頃はうっそうとした杉林であった。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承