罠にかかり人語で助けを呼ぶ狐
どんな伝承か
大正九年の秋、出雲国仁多郡馬木村(現・奥出雲町馬木)の糸原捨太郎が、自宅から十町ほど離れた所有の雑木山の頂上に、狐を捕るための頑丈な釣り罠を仕掛けておいた。その夜十時頃、山頂の方から『助けてくれ――』という陰凄まじい人語の悲鳴が闇を破って山下の村落まで響き渡った。頂上近くに小屋を構える山番夫婦は怖れて主人方へ逃げてきた。近所から人が集まり、松明や提灯を手に山番を先頭に山上へ急いだ。糸原は自分の罠に人が罹ったと信じて真っ先に駆け上がると、一匹の老狐が逆さに宙吊りになって左右に八、九尺も揺れながら藻掻いていた。狐は運よく罠から脱して地に落ちるや脱兎のごとく逃げ失せたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。