道鏡即位をめぐる宇佐八幡の二つの神託
どんな伝承か
孝謙女帝の寵を受けて法王にまで昇った道鏡をめぐって、神護景雲三年(七六九)五月ごろ、道鏡を帝位に就けよという宇佐八幡の神託がもたらされた。しかし同年八月には、和気清麻呂に即位はならないとの神託が下り、清麻呂の画策と宇佐八幡の託宣によって道鏡は法王の座を追われることになった。晩年の道鏡は下野国薬師寺の別当に左遷され、玄昉と同じく孤独と失意のうちに生涯を終えたという。
原典より
のちに、和気清麻呂の画策と宇佐八幡の神託によって、道鏡が法王の座を追われるにいたったことは周知のところである。—— 日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年))
『日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史』は、山折哲雄が霊魂と身体の相関を軸に日本人の霊魂観を論じた論考集で、あとがきは一九七六年六月の日付である。序章で和辻哲郎・津田左右吉・折口信夫・柳田国男らの霊魂論を検討し、『日本霊異記』の蘇生説話にみる遊離魂と殯、天皇の病と看病僧の呪法、平安宮廷の物のけと不動法、源信『往生要集』の観想を各章で論じる。雑誌に発表した論文をまとめ、巻末に物のけ現象の資料と憑霊年表を付す。