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鎌足を追った蘇我入鹿の飛ぶ首

所在地奈良県橿原市曽我町(首落し橋)
年代飛鳥時代
登場蘇我入鹿、中臣鎌足、中大兄皇子、入鹿を討った皇子
出典妖怪の民俗学――日本の見えない空間

どんな伝承か

中大兄皇子と中臣鎌足に討たれた蘇我入鹿の首は、斬られたその瞬間に宙へ舞い上がり、鎌足のあとを追いかけたという。首が最初に落ちたのが、橿原市曽我町にある首落し橋のたもとであった。首はふたたび舞い上がって追い、鎌足は明日香村飛鳥のもうこんの森へ逃げ込む。もう首は来ないだろうという意味で、その森をそう呼ぶのだといわれる。それでも追跡はやまず、鎌足は中臣氏の守護神を祀る塔の峰に入った。入鹿の首はそこで追うのをやめ、東吉野村隅谷の高見峠に落ちて祀られた。いまも巨大な五輪塔の首塚が残るという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))

民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。

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蘇我入鹿飛ぶ首五輪塔

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