おそめ田の祟り
どんな伝承か
天明の飢饉のころ、巡礼の男と五歳ほどの娘お染が小文間に現れ、父の病のためそのまま住みついた。父の死後もお染は村の手伝いで働き続け、二十二、三歳で荒れた深田三反余りを買い、丹精して一反十俵もとれる美田に変えた。だがお役者小僧の吉が夫婦約束をして田を神浦村の宗兵衛に売り払い、上方へ逃げた。だまされたと知ったお染は狂乱し、自分の田で死んだ。その夏吉は病死し、宗兵衛の一家も亡霊に悩まされて次々に死んだ。のちの耕作者にも不幸が続き、田は福永寺に寄進され、住職の供養で祟りはやんだという。
原典より
その年の夏、上方へ向った吉ははやり病で死に、宗兵衛一家は妻、長男・娘と相ついで死に、最後は宗兵衛もお染の亡霊になやまされたあげく死にました。—— 取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史)
『取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異』は、取手市の市史民俗編のうち、俗信の箇条の末尾に続く第四節「伝説」・第五節「不思議な話」・第六節「祟り」を収めた部分である。市内各地区での聞き取りを話し言葉のまま書き起こし、長い四話は『取手町郷土史資料集 第一集』から抜粋する。将門と桔梗御前の伝説、地蔵・社寺・樹木の伝説、狐やムジナ・化け猫・幽霊・タマセの話に続き、忌田や祟り山の話を所有者名と地区を伏せて載せる。