バッソンと取手の祭り
どんな伝承か
取手の祇園でも、さかんに狂歌をつくれと言われたバッソンは、ちょうど通りかかった祭りの行列が団扇とみみずくの鉾を立てているのを見て、すぐさま、うちは相談ずくだんべ暮にゃぼろ着てほご(奉公)だんべ、と詠んだ。これには取手の人々が大いに腹を立て、バッソンを殴りつけようとしたが、そのときには早くもバッソンは姿を隠していたという。羽中の斎藤善一郎が語り伝えた話である。
原典より
取手の祇園でも、さかんに狂歌をつくれといわれたバッソンは、ちょうど通りかかった祭りの行列が、ウチワとミミツクのホコを立てているのをみて、さっそく、「うちは相談ずくだんべ暮にゃぼろ着てほご(奉公)だんべ」(原話のママ)と、…—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗))
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)』第一章所収の民話と伝説。茨城県利根町の文・布川・文間・東文間各地区に伝わる口承を採録する。