バッソンと流山の狂歌
どんな伝承か
バッソンは布川の横町に住んでいたそうである。狂歌づくりが大変有名で広く知られていたため、どこへ行っても狂歌をつくることを望まれた。流山に遊びに行ったときも、みんなから、つくれつくれ、とはやしたてられ、そこで、やれやれといわれて顔は赤城山ひたいに汗が流山、と詠んだ。流山には小さな山があって、その頂上に赤城神社がまつられている。この山は利根川の洪水で群馬県の赤城山が崩れて流れついたのだといわれ、流山という地名もこの話からつけられたという。それを詠み込んだのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗))
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)』第一章所収の民話と伝説。茨城県利根町の文・布川・文間・東文間各地区に伝わる口承を採録する。