野荒らし十三人を斬った供養仏沼
どんな伝承か
天明の飢饉が何年も続いたころ、竜ヶ崎の北に広がる台地の野方から、利根川べりの田方にある中谷村のあたりまで、毎日のように野荒らしが押し寄せ、田畑の作物をことごとく盗んでいった。命がかかった中谷村の人々はついに十三人を捕らえ、当時の掟に従って、無量寺沼の近くにあったもう一つの沼のほとりで首をはねた。飢饉が去ると人々はその場所に石を建てて霊を供養し、沼は十三人ぎりの供養仏沼と呼ばれた。やがて岸が崩れて石は沼底に沈んだ。沼の持ち主の福木村に中谷村が汲み干して石を引き上げたいと申し出たが、見つかったかはわからない。沼も今は埋まり、場所を知る人はいない。
原典より
その後時がたつにしたがって、沼岸がくずれ、いつのまにか供養の石は、沼の底に沈んでしまった。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。