生×の家に迷ひ一家悲運に陥る
どんな伝承か
石川県鹿島郡七尾町字一本杉町の貴金属時計商・鵜沢宇吉は、資産二十万を持つ有力な実業家で店も繁盛していた。三年前に七尾町へ入ってきた生長の家の信者となり、浄土真宗両派の一信会の会合でもその教理を掲げていた。やがて鵜沢は腸チフスにかかったが、自分は病気ではない、生長の家の信者だから必ず回復すると言って医師の診察を拒んだ。隣の寺の高陽氏が涙ながらに受診を勧めても聞き入れず、悪化の一途をたどった。死が近づくと生長の家の信者も寄りつかなくなり、親族がようやく入院させたが手遅れで死去し、若い未亡人が残されたという。
原典より
* 犠牲となつた夫* 狂信の果の愛娘虐殺(天×教)* 地獄の思ひ出* 兄を奪はれる* 「おふりかへ」悲話(ひ××みち)* 子供を殺したお祝ひの赤飯* 謗法払の結実(仏×講)* おびや許し(天×教)* 生命を蝕む家(生××…—— 邪教に迷はされた人々(好村春基・浅野研真ほか編・新興宗教・邪教批判・昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
邪教に迷はされた人々(好村春基・浅野研真ほか編・新興宗教・邪教批判・昭和(戦前))