大親分一家のその後
どんな伝承か
埼玉県大里郡(現深谷市)内、周囲に人家のない里山のふもとに、芦田万吉さん一家は農家風の二階家を建てて住んでいた。土地はもともと無断で住みついたところを、村の組合から苦情が出て買い取ったものだったという。移動する箕作りたちの大親分だった万吉さんは昭和三十九年十一月五日、数えの六十八歳で死去した。五年ほど前に脳出血で倒れて以来、自宅で寝たきりの生活を送っており、直接の死因は膀胱結石の悪化であったらしい。
原典より
生まれた場所にはテント部落があった女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと第5章 「ホイト岩」の話非定住民の集合場は珍しくなかった佐貫の観音岩洞窟最後の穴居集団だったか「乞食岩」という地名もある—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)