金正院内裏雛の事
どんな伝承か
広島某町の和泉屋何某の娘が、当町の白銀屋孫三郎に嫁ぐ際、数代伝来の雛を持参した。娘がほどなく亡くなったので雛は入札払いにされ、鍛冶屋町の長谷屋助右衛門が買い取ったが、大ぶりで買い手が付かず長く家にあった。文化十一年二月十一、二日頃、これを解き売りにし、体は河原の手子遣いに売り、衣裳は袋物に仕立てようという話が出て、助右衛門も同意した。すると十五日の夜から家のどこからともなく泣き声がし、簫の笛のような音がする。近所の者と屋捜しをして戸棚の雛櫃を開けると、女雛が額に汗を流していた。助右衛門は雛を白銀屋に返し、白銀屋はこれを金正院へ納めたという。
原典より
広島某町和泉屋何某の女を、当町白銀屋孫三郎、妻に娶りしに、和泉や、数代伝来の雛を与へて持参せしめ候。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。