陸奥湾に沈んだ隊長のスケッチ
どんな伝承か
著者がむつ市の某病院で会った幽霊は、短い髪がぐっしょり濡れ、口の周りは潮虫に食われたようにぼろぼろと穴が開き、打ち砕かれた喉仏から真っ赤な血が噴き出ていた。寒いんです、とても寒いんですと言ってベッドに入ってきたという。著者はその姿を写生した。昭和四十九年九月四日、仙台での日本テレビの番組に出演して絵を紹介すると、兵庫県明石市の裙本芳枝から連絡があった。夫は昭和二十年七月十四日の青森空襲で、青函連絡船第六青函丸の警備隊長として戦死した海軍兵曹長三十四歳であった。翌年訪ねてきた芳枝が示した戦友の手紙は死亡時刻も傷の様子も絵と一致し、遺影も幽霊の顔とよく似ていた。
原典より
かつて、むつ市の某病院で、わたしが会った幽霊は、短い髪の毛がグッショリぬれ、口の周りは潮虫に食われたように、ボロボロと小さな穴が開き、打ち砕かれたのど仏からは真っ赤な血が吹き出ていました。—— お化けと幽霊(大高興・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けと幽霊(大高興・1978年(昭和53年))
『お化けと幽霊』は、大高興が昭和五十三年に青森市の北の街社から出した、お化けと幽霊と心霊現象の解説書である。仮死からの蘇生や霊魂論に始まり、青森県内を中心とする心霊写真の実例、こっくりさんなどの霊界通信法、著者や知人が語る幽霊の体験談、江戸時代の『北越奇談』を著者が現代文に訳した天狗や鎌鼬の話を収める。問答の形でお化けを語る節、幽霊の存否論・分類・人相学、心理学者による心霊現象の否定を経て、巻末に心霊用語の解説を付す。