薩摩から江戸へ渡った孟宗竹と目黒の筍
どんな伝承か
孟宗竹はもと南支江南の産で、島津家二十一代の祖浄国公が琉球にあるのを聞いて献上させ、元文元年五月に薩摩の仙巌別館へ植えたのが日本での始まりという。これを江戸へ移したのが荏原郡品川領戸越の山路治郎兵衛勝孝、別名筍翁である。回漕業の縁で三田四国町の薩摩侯上屋敷に出入りし、寛政元年五月に数株を鉢植えで取り寄せて自分の宅地に植え付けた。さらに秋に竹の根を掘り起こして弱った根を切り、堆肥や馬糞を施す栽培法を工夫したので筍は大きく柔らかく、神田多町の青物市場へ出して目黒の筍と称された。勝孝は文化二年十二月八日、六十八歳で歿した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期)