掘れば祟るビッタ塚の埋蔵金
どんな伝承か
中野の台地の上にビッタ塚と呼ばれる古墳があり、莫大な財宝が埋まっていると伝えられる。遠い昔、三和に子のない長者夫婦がいて、大勢の家来と牛馬を使っていたが、ひどいけちで家来には粗末な食事しか与えなかった。妻に先立たれ跡継ぎもない長者は、死霊を恐れて人の寄りつかない古墳に財宝を隠したという。やがて朝日と夕日の差す所に銭千貫・黄金万貫が眠ると歌う唄が村に伝わった。ある年、久井崎の若者たちが掘りかけたが、途中で腹痛を起こしてやめ、祟りと恐れられた。次に津富浦の若者が掘ると粘土の棺が出て、中の直刀を持ち帰ったところ家族が病に倒れ、急いで元の場所へ埋め戻したという。
原典より
ある年のこと、久井崎の若者五、六人がこの財宝を目当てにビッタ塚を掘ろうとしたが、途中で腹痛を起こし中止となり、たたりだと恐れられた。—— 大栄町史 民俗編(大栄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大栄町史 民俗編(大栄町)
『大栄町史 民俗編』は大栄町の町史の民俗編で、ここに収められているのは第六章「ことばと生活」第一節「伝説」の部分だけである。北総台地にある町内の地区ごとに、源頼朝の鞍掛けの松、城主大須賀氏・伊能氏の話、弁天様と道祖神、狐・狸・河童・大蛇の話、作男や長者の話、古墳の埋蔵金の話などを伝える。伝説は歴史・神仏・動物・人物に関する伝説と「トーカとムジナの話」の五項に分けられ、末項では狐に化かされた体験とムジナの火の話を「〇」の箇条で並べる。