松子城の殿井戸と処刑場の塚
どんな伝承か
源頼朝の挙兵を助けた千葉常胤の四男、大須賀四郎胤信が松子に城を構え、以後代々の大須賀氏が松子城主として近くの村々を治めた。城跡には表門と呼ばれる所に殿様用の殿井戸、戸張と呼ばれる所にお姫様用の姫井戸があったという。大須賀川に架かる馬洗橋は殿様の馬を洗った場所と伝わる。大須賀氏の処刑場は、吉岡から成田へ向かう国道五一号沿いの左手、クロウ台という所にあったとされ、敵将の首を斬った場所で、四角い大塚に石塔が立ち、周りの五つの塚には斬られた武将を葬ったともいう。今は切り通しとなって昔の姿はない。
原典より
城跡の表門と呼ぶ場所に殿井戸が、戸張と呼ぶ場所に姫井戸があり、殿井戸は殿様の、姫井戸はお姫様のそれぞれの飲料水用に使ったものといわれる。—— 大栄町史 民俗編(大栄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大栄町史 民俗編(大栄町)
『大栄町史 民俗編』は大栄町の町史の民俗編で、ここに収められているのは第六章「ことばと生活」第一節「伝説」の部分だけである。北総台地にある町内の地区ごとに、源頼朝の鞍掛けの松、城主大須賀氏・伊能氏の話、弁天様と道祖神、狐・狸・河童・大蛇の話、作男や長者の話、古墳の埋蔵金の話などを伝える。伝説は歴史・神仏・動物・人物に関する伝説と「トーカとムジナの話」の五項に分けられ、末項では狐に化かされた体験とムジナの火の話を「〇」の箇条で並べる。