蛇が淵
どんな伝承か
大永年中のこと、東春日井郡品野の郷に平景伴という豪傑がいた。下半田川の渕へ釣糸を垂れるのを日課としていたが、ある日、家で魚籠の蓋を取ると魚はなく笹の葉が数枚あるだけだった。同じことが続くので四日目に豪弓を用意して出かけると、渕の中ほど、種子岩と呼ぶ大岩を幾重にも巻いて景伴を睨む大蛇がいた。景伴は矢を額へ打ち込んでこれを仕留めた。大蛇の血は三日三晩川を染め、骨は三年も川底に残ったという。以来この渕を蛇が渕とも蛇が洞とも呼ぶ。別伝では中品野の禰宜某が同じ目に遭い、岩の上の白鳩を射ると大蛇となり、その血で半田川は血の川になったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。