節句の幟
どんな伝承か
五月の節句に幟を立てない土地がある。瀬戸の宮脇町一帯がそれである。天正十二年四月、徳川家康と豊臣秀吉の長久手の戦で豊臣方が負け、その部将池田勝入の家臣某が傷を負い、隠れながらこのあたりまで逃げてきて村人に助けを求めた。ところが村人は、ちょうど節句の幟を立てるところだったので、その幟竿で前田、いまの薬師町の蓮田へ追い込み、皆で打ち殺してしまった。その後、幟を立てた家の子がわけもなく次々と死んでゆき、神に伺いを立てると落人の祟りだというので、塚を築いて霊を祀り、以来幟を立てなくなった。某家の屋敷内に残る小さな社に子供のむつきを干すと頭が痛くなるともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。